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駄菓子屋の軒先で現役で動く「10円ガチャ」を回してみる

飴玉や金平糖

令和の奇跡!軒先に鎮座する10円の衝撃

最新の精巧なフィギュアが1回500円、プレミアムなものだと1500円もする現代。
そんなインフレの波などどこ吹く風、時間が止まったような空間が、路地裏の駄菓子屋には残っています。

今回のターゲットは、お店の軒先にひっそりと、しかし確かな存在感を放って置かれている「10円ガチャ」です。

色褪せたプラスチックの筐体、手書きで「あたり」と書かれた古びた紙、そして何より10という信じられない価格設定。

バイクを停めてヘルメットを脱ぎ、その筐体の前に立った瞬間、僕は100円玉を握りしめて走っていた小学生に戻っていました。
電子マネーもQRコードも通用しない、銅貨だけが力を持つ世界。

「まだ動く…?」

恐る恐る財布から10円玉を取り出す手は、最新の限定ガチャを回す時よりも震えていたかもしれません。

指先に伝わる「ガリッ」という抵抗と歴史の重み

10円ガチャの醍醐味、それは回す感触に尽きます。
最近のスムーズな「カチカチ」という音とは全く別物です。

投入口に10円玉をセットし、小さなダイヤルに指をかける。

力を込めると、「ガリッ…ゴリッ…」という、何かを削るような鈍い抵抗が指先に伝わってきます。

「壊してしまうんじゃないか?」という不安と、「回った!」という達成感が入り混じる、この独特のフィードバック。

内部のギアが錆びついているのか、それとも元々こういう仕様なのか。
その重みこそが、この機械が何十年もの間、子供たちの期待と小銭を飲み込んできた歴史の証です。

出口からコロンと転がり出てくるのは、カプセルに入っていない裸の状態の景品。

このプラスチック削減の先駆けとも言えるプリミティブな排出スタイルに、えも言われぬ愛おしさが込み上げてきます。

中身は宝石?それともゴムの塊?

さて、肝心の戦利品です。
10円で手に入る夢の中身は、大きく分けて二つのパターンがあります。

一つは、不規則に跳ね回るスーパーボール。
独特のゴムの匂いと、マーブル模様の毒々しい色彩。

地面に叩きつければ、どこへ飛んでいくか分からない予測不能な動きで、当時の僕らを熱狂させた神器です。

そしてもう一つが、謎の指輪や金色の塊といったアクセサリー類。
今回僕が引き当てたのは、巨大な赤いプラスチックの宝石がついた、銀メッキの指輪でした。

当然、大人の指には入りませんし、作りもバリだらけでチープそのもの。

しかし、太陽にかざしてみると、その赤いプラスチックはルビーのようにキラキラと輝き、妙に心を満たしてくれるのです。

「なんだこれ(笑)」と笑いながらも、ポケットに大切にしまう。

500円のフィギュアにはない、このくだらなさこそが、疲れた大人の心に効く一番の栄養剤なのかもしれません。

おばあちゃんとの会話もセット

ガチャを回し終えたら、そのまま帰ってはいけません。
必ず店内に足を踏み入れ、店番をしているおばあちゃん(あるいはおじいちゃん)に声をかけるのが流儀です。

「おばちゃん、表のガチャ、まだ動くんだね!」

そう話しかけると、大抵の場合、「ああ、あれねぇ。もう中身を入れる業者が来なくなっちゃったから、私が詰め替えてるんだよ」なんていう裏話が聞けたりします。

現存する10円ガチャの多くは、店主さんの子供たちを楽しませたいというボランティア精神で維持されているのです。
その話を聞くと、手に入れたスーパーボールが急に貴重なものに見えてくるから不思議です。

お礼代わりにうまい棒やモロッコヨーグルを大人買いし、レジ袋いっぱいの駄菓子を抱えて店を出る。

バイクのシートバッグに駄菓子を詰め込み、アクセルを開けた時の風は、いつもより少し優しく感じるはずです。

物としての価値ではなく、体験としての価値。

10円ガチャは、忘れていた大切な何かを思い出させてくれる、世界一安いアトラクションなのです。